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先生に聞いてみよう!

2008年度

露口先生インタビュー

今回は、文化史学科の露口卓也先生にインタビューをしてきました。 先生は、幕末から明治・大正期を中心とした日本思想史の研究をされており、また文化史学科の主任をされています。先生の学生時代のすがたなどを聞いてきました。また、学生へのメッセージもいただきましたのでご覧ください。

Q.01 どうして大学で歴史学を学ぼうと思ったのですか?


A.
高校時代から日本史という科目が好きだったというのが第一です。それと、大学進学の目的は教師になるためでした。教育学専攻で入学したのですけれども、何か専門分野を持っておきたくて、大学3年のときに文化史学専攻に転向しました。ですから日本史の教師になりたかったから、というのが正しいかもしれません。

Q.02 どのような大学生活を過ごされていたのですか?


A.
私が大学生だった頃というのは、ちょうど学生紛争の時代で、時代に対する問題意識が強かったのです。その雰囲気とどこか通じるところがあったのか、流動的な時代の典型として明治時代に興味をもちました。過渡的な時代というか、価値観が揺れ、闘わされた時代。そのような時代に人々がどう生きたかを学びたかったのです。また、民主化の思想が、どのようにして創り上げられてきたのか知りたかったこともあります。明治初年の思想、福沢諭吉の思想が卒論のテーマでした。

大学紛争の頃というと、授業があまりない時期でした。けれど、学生それぞれが現代に対して何かしら問題意識が非常に強かった時代であったと感じます。たとえば学生間で読書会やディスカッションなども盛んに行なわれていました。読書欲というものが非常に強かったといえるかもしれません。そういう機運がありました。この機運がなかったら、私自身こんなに本を読むことがなかったかもしれませんね。色川大吉さんや鹿野政直さんが若手の歴史学者として出てきた時代でしたから、彼らの著作から大いに刺激を受けました。

歴史学だけでなく、文芸書もよく読んだ記憶があります。文学的な観点だけではなく、本が書かれる歴史的な契機や、なぜそんなストーリー性があるのかを考えるようにしていました。そのような目を持って取り組んできたことが、今思うと役に立ったのかもしれません。

Q.03 学者として、歴史学の面白さと難しさを教えてください。


A.
私自身は、学者らしい本格的な歴史学、学問的な学問をやっている自覚はあまりないのです。むしろ、今を生きようとしている有様を、歴史の世界のなかでどう考えることができるかというモチーフを大切にしています。ですから「学者として」と言われると少しためらいがありますが・・・。

面白さについてですけれども、歴史学ほど、今を生きていることを考えるのにいい学問はないと思います。たとえば自分が持っている問題性というものを、歴史のなかに照らしてみれば、必ずモデルケースがあるのです。そして歴史はそれ自体完結したものです。ですから結論・結果が見えています。現代を考える上での重要な示唆が、そこに含まれていると思うのです。今を考えるのに今だけを見ていたのではいけない。情報過多な時代だからこそ、的確な眼差しで時代を見つめなければならない。そう思います。

そして、これが大事なことなのですが、過去の世界に入るにはそれ相応の作法が必要なのです。わかりやすくいえば言語の問題ですね。書物を読む上で、漢文や古文といった現代の人にはなじみの薄い言葉に当たらなければなりません。それをまず身につけておかなければなりません。その意味で、現代の問題意識から歴史学の分野に入った僕にとっては、この作法がなかなか難しかったのです。

Q.04 他大学では「史学科」ですが、同志社大学では「文化史学科」という区分になっています。同志社大学文化史学科の特徴と魅力を教えてください。


A.
これには明確な伝統があります。学科を立ち上げた主任教授の石田一良(いしだ いちろう)という人が「文化史学」という方法を取ったことが始まりで、同志社大学史学科がとるべき立場を鮮明にした人でもあります。どんな理論と方法か話そうとすると、それこそ本を一冊読んでもらわなければならないのですが(笑)。詳しくは、同志社大学に入学された際にきちんとお教えします。ここでは簡単に言います。

過去の出来事や事象というのは、すべて人間性の所産です。人々の働きによって作られたものと考えます。ふつうは政治・経済・教育・法律・宗教などと区分するところを、その観点から見れば、一体のものとして捉えることもできます。つまり、人の営みを深く感じさせるものを「文化」というなら、それを一つに考えるということです。そういった目的意識をもって時代精神を考えることが「文化史学」の特徴でしょう。もっとも、最近は少し傾向も変わってきていますが、相変わらずニーズのある分野であると感じます。「日本文化とは何か」という問いは、依然として盛んであるのがその証拠です。

Q.05 最後に、これから大学進学を志す学生へメッセージをお願いします。

A.
大学という場所は、社会へ出ていくための自分をつくるところだと私は考えています。必ずしも学問の道に行く人だけのものではないのです。圧倒的多数の学生は一般社会に出る道を選んでいます。ですから、大学進学において、自分で立つ力をつけるためという目的意識があることが第一じゃないかなと思います。学問は様々ありますけど、文学部は、自分の考え方や感性を、学問を通してつくりたい人にとって最適な場所ではないだろうかと考えています。
露口先生
 
学問を通して社会に出ることができるというのは大きな魅力だと思います。「歴史が好きだ」という思いは大切。でも、なぜ自分が仏教や古墳が好きなのかを発見しないと、自分の力というのは大きくならないと私は思うのです。

自分を信じられないと社会ではやっていけない。迷った時に信じられるのは自分だけ。だからこそ、自分の思いをわかっている人っていうのは強いと思うのです。そういう学生をつくっていきたいですね。

最近の学生の変わったところをよく聞かれるのですが、私自身は、そんなに大きな変化を感じたことはありません。ただ、一つ言えることは、ゼミなどのグループのなかでも個人という単位の印象が強いですね。現代では、一人ひとりが重んじられる分、責任も課せられる。チーム・組織で仕事をしてきた時代からの変化でしょう、いよいよ「自分が自立しないといけない時代」になったと感じます。そのなかで、責任の重さに耐えかねて、苦しむ、潰れてしまう学生もいるのも事実です。このような時代だからこそ、自分で立つ力を大切にする同志社大学の文化史学科に来ていただきたいですね。

今でも卒業生の結婚式に呼ばれたり、他にも年に数回の同窓会に参加したりしています。ここ25年は毎年必ず何かしらの集まりに顔を出しています。学生がどういう生き方をしてきたか、生きざまに興味があるんです。彼ら自身も、それぞれひとつの「歴史」ですからね。


インタビューを終えて
熱意のこもった講義で人気の露口先生ですが、将来を見据えて学生一人ひとりに接してくださっていることがわかりました。ともするとあまり実践的ではない学問だと言われがちな文学部ですけれど、露口先生のような哲学をもった方がいらっしゃることに誇りが持てますし、結局のところ、自分がどう考え大学生活を送るかに集約されるのだともわかりました。

寺西 洸二
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