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文学部生Life!

2008年度

ロシア政府奨学生が誕生〜小澤さんに、直撃インタビュー〜

本学文学部から、ロシア政府奨学生が誕生しました!文学部国文学科四年生、小澤園子さん。留学を控えた小澤さんに、直撃インタビューしました。

(古=古山(インタビュアー) 小=小澤)

古:まずは、ロシア政府奨学金留学生内定、おめでとうございます。

小:ありがとうございます。

古:いつ頃から、政府奨学金留学生を目指そうと考え始めたんですか?

小:
昨年の4月からロシアに興味を持つようになり、それからロシアに関する勉強を始めました。その頃、たまたま日本学生支援機構のホームページを見て、ロシアに政府奨学金で留学できる制度があることを知りました。ただ、その時点では出願期限に間に合わなかったので、来年応募できたらなぁという気持ちを心に留めながら、就職活動をしたり大学院入試の準備をしたりという生活を送ってきました。
抱負を語る小澤さん

抱負を語る小澤さん

サマープログラム(英語2・エジンバラ)にて、ロシア人の友人と。今思えば、これがロシアとの縁の始まりだった。

サマープログラム(英語2・エジンバラ)にて、ロシア人の友人と。今思えば、これがロシアとの縁の始まりだった。

古:
小澤さんは国文学科に在籍されていますね。国文学専攻の学生さんが他国の政府奨学金制度で留学するのはとても珍しく思いますが、そもそもロシアにはなぜ興味を持つようになったのですか?

小:
三回生の春学期に、学芸員の科目で西洋文化史の講義を受講したことがロシアに興味を持つきっかけになりました。その後、経済学部の客員教授としてロシア科学アカデミーより来られているタマラ・リトヴィネンコ先生や、法学部のミグダリスキー・ウラディーミル先生の講義を受け、現地で学ぶ必要性を強く感じるようになりました。
二回生の時のサマープログラム(英語2)で、ロシア人の友人ができたことも大きかったですね。

古:ロシアのどんなところに興味を持っているんですか?

小:
それが未だに分からないんです・・・一年間勉強し続けてきましたが未だに分かりません(笑)。奨学金の面接の際も、面接官に「なぜあなたはロシアが好きなのですか?」と聞かれ、「わかりません」と堂々と答えました(笑)。

古:
(笑)。では、これから一年間ロシアで勉強して、小澤さんを惹きつけるロシアの魅力を探っていくのが楽しみですね。

小:はい。

日露学生フォーラムに関して

古:
昨年、日露学生フォーラムに参加していますね。ロシア人と交流してみて、何か印象に残ったことなどありますか?

小:
あの時は、ロシア人よりも同じ日本人学生の方が印象に残りました。私はこの様な政府系の事業に参加するのが初めてだったのですが、「ロシアだから応募する」ではなく「政府系事業だから応募する」という学生が多くいたことに驚きましたね。それまで私はロシアにしか目を向けていなかったので、もっと幅広く色々な事に挑戦しなければいけないと感じました。

古:
昨年度の日露学生フォーラムには、同志社大学からは私たち二人が参加しましたね。私の場合、小澤さんのように以前からロシアに興味を持っていて参加したわけではなかったのですが、今までほとんど関心のなかったロシアを身近に感じられるきっかけになりました。
日露学生フォーラム2007の会場、北海道大学構内にて。左から古山、小澤

日露学生フォーラム2007の会場、北海道大学構内にて。左から古山、小澤

政府奨学金留学生としての研究内容

古:
現地での具体的な研究内容に関して聞かせてください。サンクトペテルブルグ国立大学歴史学部ロシア近現代史学科というところで研究されるんですよね?

小:
これはまだ予定です。大使館の方に、「もし歴史学部で面倒を見切れないということになった時のために、第二希望で文献学部を書くように」というご指導をいただいたため、まだどちらになるか決まっていません。

古:どうして歴史学部を選んだのですか?

小:
歴史学部なら一番手広く学べると思ったからです。
研究テーマ内容自体は、戦前の日ソにおけるナショナリズムと文学、特に源氏物語に対する政策についてです。日本で源氏物語の劇が上演禁止になったり、「不敬の書」として扱われていたりした時に、ソ連で日本文学研究が歓迎されていたんです。ただ、その後1938年を境にソ連で日本文学研究者が一斉に逮捕され、両国の関係も急速に悪化していきます。このあたりのことを深く検討するには、当時の政治や国際関係も調べないといけないと思ったので、時代の雰囲気がつかめそうな歴史学部を志望しました。

古:
出願書類を見せていただきましたが、源氏物語のことを扱うと書かれていますね。具体的に教えてもらえますか?

小:
外国人による初の源氏物語の翻訳は、一般的に言われている1925年のイギリス人のアーサー・ウェイリーではなく、1924年に途中まで訳したロシアのニコライ・コンラッドであったという論になります。こちらの源氏物語一千年紀展の図録を見てください。外国における源氏物語というところに、最初の翻訳は1925年のアーサー・ウェイリーと書いてあります。図録だけでなく、研究論文などでも、これが一番初めの外国人による翻訳だと書かれています。でも、本当はそれ以前にロシアで翻訳されていたんだということを伝えたくて、研究をすることを決めました。

古:一般的な学説を覆そうというわけですね。
2007年春休み、サンクトペテルブルク大学の校舎にて。まさかここで学ぶことになるとは…

2007年春休み、サンクトペテルブルク大学の校舎にて。まさかここで学ぶことになるとは…

小澤さん愛用の、ロシア語辞書と源氏物語一千年紀展の図録

小澤さん愛用の、ロシア語辞書と源氏物語一千年紀展の図録

源氏物語ロシア語翻訳本表紙

源氏物語ロシア語翻訳本表紙

源氏物語ロシア語翻訳本

源氏物語ロシア語翻訳本

小:
そんな感じですね。当時の日本の知識人も、イギリス人が翻訳したから源氏物語は「世界的古典文学」、だから不敬の書では断じてないという理由で国定教科書に掲載したりしていますが、だったらその前に訳したロシアはなんなのよ、って言いたいです。

古:
なるほど。でも、途中までしか訳されなかったにしても、一番初めの翻訳はロシア語という記録があるにも関わらず、どうして英語訳が最初と言われているんでしょうね。

小:
この時期の国際関係が大きく関わってくると思います。日本と良好な関係にあったイギリスのアーサー・ウェイリーが英語訳を出版したときは、誤訳もあったのにもかかわらず、日本で大反響を呼びました。一方、ソ連は国交すらようやく樹立されたばかりという関係であった上に、ロシア語訳は雑誌掲載にとどまっており、その訳を日本のどの大学も所蔵していないことが原因なのではないのかと思います。コンラッド博士の業績は、サンクトペテルブルク大学の学部生でも知っているほど、ロシアでは有名なのですが…。

古:これらの研究をすることで、どのような成果を得たいと考えていますか?

小:
ソ連の言語政策は1938年までは非常にオープンでリベラルであったという証拠を得て、論証できればと思います。1925年から始まったスターリン政権は、始めから思想弾圧や外国文学排斥を行っていたわけではないということを説明したいですね。日本国内でさえバッシングが行われていた源氏物語の研究を推進していたのですから。

古:小澤さんは今回の留学から帰国後、どのような進路に進みたいと考えていますか。

小:
留学中に大学院留学の準備も少しずつ進めようと思っています。同志社大学を卒業した後にロシアでの大学院進学も考えています。その後は出来れば、東アジアの地域研究か安全保障論の分野の研究者になりたいと考えています。

古:
ロシアから帰国したら、今度は東アジアのことも扱うんですね。東アジアという枠組みにはどうして興味を持つようになったのですか。

小:
地に足の着いた研究がしたいと考えたからですね。ロシアというとヨーロッパ方面ばかり目が向いてしまいがちですが、自分が今生きている日本という国を自覚した上でのロシア研究をしたいと考えた時、東アジアかなぁと思いました。

内閣府国際青年育成交流事業に関して


古:留学は10月からということですが、小澤さんは9月にそちらとは全く別の政府事業にも参加されるそうですね。

小:
この事業は、日露学生フォーラムの際に既参加青年の古山さんに教えてもらいましたね(笑)。話を聞いて、私も内閣府からの青年派遣団として外国に行くという経験がしたいと思って応募しました。

古:内定おめでとうございます。派遣国はラオスだそうですね。どうしてラオスを選ばれたのでしょうか。

小:
実は、第一志望がバルト三国、第二志望をラオスで出願しました。バルト三国を選んだのは、ロシアの隣国という理由からです。ラオスは、社会主義国でありながら中国やロシアとも距離を置いているところや、敬虔な仏教国であるというところに惹かれて希望しました。

古:内閣府の事業で訪問したら、政治的な詳しい部分も教えてもらえそうで楽しみですね。

小:
はい。また、第二希望国で内定をいただいたのも、私は今までロシアにばかり目を向けていて今回もロシアの隣国を選んだので、「アジアもきちんと見なさい」という内閣府からのメッセージだったのかもしれませんね。

古:
これから東アジアの地域研究者を目指すならば、いい経験になりそうですね。ラオスで何かしてみたいことはありますか。

小:
まだ具体的な日程は明らかになっていませんが、おそらくラオス側の参加青年も日本に興味を持って本事業に参加してきますので、私が今まで同志社大学の国文学科で学んできたことを自分なりに伝えられたらと思っています。

同志社の国文学科で学んでよかったこと

古:同志社大学の国文学科で勉強してよかったと思うことはありますか。

小:
実は入学式の直前まで、大学で国文学なんて役に立たないものを勉強している人たちは何を考えているのだろう、と思っていました(笑)。でも、逆に考えてみるともともと興味がなかったり、日常生活で直接的に役には立たないものを勉強する機会は大学にしかないんですよね。自分に必要だけれどもあまり自分で勉強する機会がないものをここで学べたことは非常に有意義だったと感じていますね。

古:どういうときに、日本文学が自分に必要だと感じるんですか?
岩坪ゼミの恒例行事、十二単の着付け

岩坪ゼミの恒例行事、十二単の着付け

小:
どの国でもそうだと思いますが、歴史と文化の結晶が文学に現れています。文学を学ぶことを通して、歴史や政治など、その時代のことを全体的に学ぶことが出来ます。外国人学生と一緒に学ぶジョイントセミナーという授業や、日露学生フォーラムなどで日本について聞かれたことがあっても、ある程度対応できるような教養、知識は得られたと思っています。

古:
国際的な場所で活躍する人ほど、自国の歴史、文化、文学に精通する必要がありますね。それは、私も強く感じています。

最後に


古:では最後に、今後の留学生活に関して意気込みを聞かせてください!

小:
内定を頂いたときは嬉しかったんですが、どうして私が合格したんだろうと日々不安が募っています(笑)。頑張るしかないんでしょうね。

古:頑張ってきてくださいね。留学を終え、さらにパワーアップした小澤さんに会えるのを楽しみにしています!

あとがき

ロシアに興味を持ち、一年間独学で学んだ末、政府奨学金留学生に選ばれた小澤さん。取材のためお邪魔した下宿には、ロシアに関する文献がずらり。今までのさまざまな努力の結果が出始め、留学生活を控えた小澤さんは、きらきらと輝いていました。
取材のためお邪魔した下宿には、愛読書がずらり…

取材のためお邪魔した下宿には、愛読書がずらり…

(取材 古山 彰子)

Web学生記者Life! 第1弾

Web学生記者の"文学部生Life"第1弾です。
古山 彰子

Q.1 なぜ同志社大学の文学部英文学科を選んだのですか?


A.
高校生の時に英国に留学してラテン語を学び、中学生の国語(英語)の授業を見学させてもらう機会がありました。英国では中学生の国語の授業でシェークスピアの作品を読みます。英国人と共に生活する中で、英文学に興味を持つようになりました。また、留学生活を通して、異なった文化に触れることや新しい言語を習得することに興味を覚え、社会の中で言語がどのように使われているか、といったような社会言語学の分野にも興味を持つようになりました。一回生で文学と言語学の両方を学び、二回生からどちらかを選択してより深く学ぶことの出来る同志社大学の英文学科は私にとって最適でした。また、留学経験から、自分が自国の文化や歴史に対して無知であることに気づかされ、日本の大学で専門科目と、自国についてきちんと学ぶ必要があると感じ、京都の大学を選びました。AO入試で合格しました。
大学の中でお気に入りの場所、寒梅館。
大学の中でお気に入りの場所、寒梅館。
高校時代の留学先、英国Monk’s Walk School。2007年の春に再び渡英し、懐かしい母校に行ってきました。
高校時代の留学先、英国Monk’s Walk School。2007年の春に再び渡英し、懐かしい母校に行ってきました。


Q.2 現在、どんなことを学んでいるのか教えてください。


A.
ゼミでは二回生から社会言語学を学びました。英文学科の中でもさまざまな研究をされている教授がおられますが、私は二年間ラブデイ先生のもとで学びました。授業は全て英語で行われます。三回生の秋学期は、失読症に関してのプレゼンテーションを担当し、2660語のレポートを書き上げました。
私は英文学科の学生ですが、国際関係や政治、国際法、経済学にも非常に興味を持っています。英文学科の専門科目の単位は2年生までにほとんど取り終えてしまったので、三回生では法学部政治学科の授業や経済学部の授業も積極的に履修しました。同志社大学ではさまざまな学部の授業が同じキャンパスで行われているので、自分の学部以外の授業もたくさん受けることが出来ます。他学部の授業で学んだことも生かし、専門科目をより深く追求できます。
四年生の春学期は一学期間大学を休学し、スイスのローザンヌという場所でフランス語の研修をしました。秋学期からは同志社大学からの交換留学生としてパリ政治学院に来ています。パリ政治学院では国際関係と政治、主に欧州連合と東アジア共同体に関して学ぶ予定です。
スイスの語学学校で。最終日にクラスメイトと。
スイスの語学学校で。最終日にクラスメイトと。
語学留学先、スイス・ローザンヌ。
語学留学先、スイス・ローザンヌ。
008年9月からの留学先、フランスの名門校パリ政治学院(Sciences Po.)。 同志社大学からの初めての留学生です。
2008年9月からの留学先、フランスの名門校パリ政治学院(Sciences Po.)。
同志社大学からの初めての留学生です。


Q.3 課外活動や、勉強以外でやっていることはありますか?


A.
入学以来、グッドサマリタンクラブという通訳ガイドサークルで活動しています。二回生まで週一回勉強会があり、月に二、三度外国人観光客の方を英語でガイドします。名所である清水寺や二条城などをガイドすることが多いですが、宇治のお茶工場のガイドの通訳、米国人新聞記者の取材同行というちょっと変わった依頼もあります。また、普段のガイド以外にも、繁忙期に開設される京都駅前臨時観光案内所の英語スタッフをさせていただいたり、アジア開発銀行年次総会が京都で開催された2007年5月には、通訳などの業務を担う政府代表団のリエゾンオフィサーをさせていただきました。また、ガイドで得た知識を生かして、2006年冬には観光英語検定一級を取得しました。

2005年〜現在
【グッドサマリタンクラブでの活動】
【グッドサマリタンクラブでの活動】
通訳ガイドをしているときの写真です。銀閣寺の前で、アメリカ人観光客のご家族と。

観光英検一級の合格通知。通訳ガイド活動の成果が出て、嬉しかったです。
観光英検一級の合格通知。通訳ガイド活動の成果が出て、嬉しかったです。


Q.4 どんな大学生活を送っていますか?


A.
二回生の夏、内閣府国際青年育成交流事業に参加し、ドミニカ共和国へ青年代表団員として派遣されて以来、さまざまな国際交流の機会に恵まれてきました。キャンパスから、京都から、日本から飛び出して得られた経験、そこで出会うことの出来た人々は私の一生の宝です。

2006年
【内閣府国際青年育成交流事業】
【内閣府国際青年育成交流事業】
日本青年代表団員としてドミニカ共和国を訪問しました。副大統領を表敬訪問した際の写真です。

【全日本学生フランス語弁論大会へ出場】
【全日本学生フランス語弁論大会へ出場】
ただただ周りのレベルの高さに圧倒された大会でしたが、フランス語を続けるモチベーションとなった大会でした。



2007年
【第40回アジア開発銀行年次総会(京都)にて】
【第40回アジア開発銀行年次総会(京都)にて】
太平洋に浮かぶクック諸島の政府代表団の方々のリエゾンオフィサーをさせていただきました。財務大臣と、財務省の方々と一緒に。

【Le Camp de Partage(ベルギー)で子どものためのキャンプスタッフ】
【Le Camp de Partage(ベルギー)で子どものためのキャンプスタッフ】
高校時代から学んできたフランス語で、国際ボランティアに挑戦しました。ベルギー人と一緒に、子どものためのキャンプスタッフをしました。

【日露学生フォーラム(北海道)へ参加】
【日露学生フォーラム(北海道)へ参加】
開催地の北海道にて、ロシア側、日本側参加者と一緒に。

【Japan-ASEAN Youth Leaders Summit 2007(東京)へローカルユースとして参加】
【Japan-ASEAN Youth Leaders Summit 2007(東京)へローカルユースとして参加】
国際関係に関してディスカッションする分科会に参加し、ASEAN10カ国の青年と意見交換をしました。分科会のプレゼンテーションの様子。

【East Asia Youth Leadership Forum 2007(タイ)へ参加】
【East Asia Youth Leadership Forum 2007(タイ)へ参加】
タイ王国政府主催のASEAN+3の国際フォーラムに日本からの青年代表団の一人として派遣されました。東アジアに、一生の友人を作ることができました。タイ人、シンガポール人、ラオス人、韓国人の友人と。

【写真家長倉洋海氏講演会「ぼくが見てきた—死ぬこと・生きること」主宰】
【写真家長倉洋海氏講演会「ぼくが見てきた—死ぬこと・生きること」主宰】
本学法学部の卒業生であり、写真家として活動されている長倉洋海氏。大好きな長倉氏の講演を本学学生にも聞いてほしいという思いから、校内でのミニ写真展と講演会を企画・実施しました。約200名の来客の方々にお越しいただき、最後に長倉氏に花束を贈呈。

フォトジャーナリスト長倉洋海氏 講演会「ぼくがみてきた-死ぬこと、生きること-」

2008年
【Raffles Community Leaders Forum 2008(シンガポール) 参加青年】
【Raffles Community Leaders Forum 2008(シンガポール)参加青年】
シンガポールのジュニアカレッジ主催のフォーラムに参加しました。日本人は私一人でした。タイ、カンボジア、シンガポールからの参加者と一緒に。

【19th International Youth Forum(韓国)日本側参加青年】
【19th International Youth Forum(韓国)日本側参加青年】
韓国で行われた国際青年フォーラムに参加。文化紹介の日本舞踊。一列目左が筆者。

【Refugee Center(ポーランド)チェチェン難民が暮らす難民センターでボランティア】
【Refugee Center(ポーランド)チェチェン難民が暮らす難民センターでボランティア】
難民としてのステイタスがもらえるのを待っているチェチェン人が暮らすセンターにて。長期休暇中の子どもたちに英語の授業をしたり、一緒に折り紙やゲームをしたりしました。

【国際フォーラムで知り合った海外の友人を訪ねる旅】
【国際フォーラムで知り合った海外の友人を訪ねる旅】
旅をするのが大好きで、2008年3月には国際フォーラムで知り合った友人を訪ねて東アジア、東南アジアを旅しました。インドネシアで、友人の通う大学の文学部のみなさんと、さまざまな意見交換をしました。

【同志社育英会奨学生に選ばれる】
【同志社育英会奨学生に選ばれる】
さまざまな課外活動の成果が認められ、「自己研磨」の部で同志社育英奨学生に選ばれました。八田学長からいただいた表彰状です。




Q.5 受験生へのアドバイス・メッセージ

A.
私も高校三年生の時は、不安な気持ちを抱えながら、大学生活に夢を抱いて受験勉強をしていました。留学から帰ってきて日本の勉強が遅れている、AO入試の準備と一般入試の準備の兼ね合いなど、大変なことばかりでしたが、今ではあの時辛い思いをして一生懸命受験勉強をし、同志社大学に入学することが出来、本当に良かったと思っています。自由な校風の同志社大学は、やりたいことがとことんできる素晴らしい場所です。ぜひ合格して、素敵な大学生活を一緒に送りましょう!
同志社大学京田辺キャンパス

同志社大学京田辺キャンパス

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