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Web学生記者日記

2012年度

大学生が語る大学生の在り方

5月病に悩んでおられる皆さん、お元気ですか。益々暑さに磨きをかけてくる夏に苦しむ皆さん、大学生活は充実しておられますか。残念ながら暑いのはこれからですよ。
自己紹介が遅れました。僕は英文学科4年の吉川真人です。この時期の4年ってことは、就活が終わり卒業に向けて遊びまくっているのだろうと思うかもしれませんが、昨年一年間休学していたため内容的には3年生という形を取っております。休学期間は中国に留学して、異国の地での様々な経験は今の僕の人生に大きな変化を与えてくれました。また、帰国してから日本で気づかされたことは少なくありません。そこで、僕が常々考えている「大学生の在り方」について書かせていただきます。

今までの生き方を変えよう。今まで真面目一本で生きてきた勉強してきた人間はたくさん遊んでください。そうすることによって別の角度から物事を見られるようになります。髪の毛を金色にしたっていいんです。ピアスを開けてもいいんです。実際、僕は大学生活で何度も遊びほうけました。しかし、遊んだからこそ今の自分がいることも確かです。どん底まで落ちたら、次は上がるしかないですよね。今は遊びに懲りて勉強の日々です。

人と関わろう。大学はやはり学生の数が多いので、その分様々な価値観を持った人たちに出会えるチャンスが日常の中にあるはずです。典型的な日本人は一つのコミュニティーに留まり、安堵を求め、そこからなかなか抜け出せずにいるため、別のコミュニティーに飛び込むことを嫌いますね。その時点で、他者と関われるチャンスを自ら絶っていることになり、大変勿体ない。大学生活で交流した学生はきっと将来にもつながる関係になり得ます。社会人になってからはどうしても肩書が邪魔をして、学生同士のような出会いはあまり期待できないようなので、今のうちにできるだけの多くの人と関われたら幸いです。

「今」しかできないことをしよう。長期休暇を利用して普段行けない所へ旅行すること。思い切って留学をすること。学内のサークルに積極的に参加すること。学外の人と協力して学外サークルを結成すること。ひたすら遊び続けること。大学生のうちに何ができるのかを、今一度頭を柔らかくして考えてみてください。今しかできない経験はいつか人生を左右することになるかもしれません。勿論、今を見るだけじゃなく、未来もしっかり見据えることをお勧めします。

これら三つの観点で共通していることは何だと思いますか。それは、新たな価値観を創造することです。自分で思っている以上にみなさんは可能性を秘めています。食わず嫌いをせずに何でも挑戦し、大学生活を充実させましょう。

(英文学科:吉川 真人)

薫り高き文学部生は二十面相

恥ずかしい話ですが…私は高校生時代に、「文系であること」、「文学部志望」であることが誇らしく、鼻高々としていました。(読書感想文も和歌づくりも下手、国語や英語の成績が目立って良かったわけではないのですが……。)私は「文系」と「文学部」という言葉に、あるイメージを抱いて、憧れ、夢見ていました。

私があこがれていたのは……お香の香りのするような雅やかな巻物、両手でも持ちきれないような厚い辞典、美しすぎてじっと見続けていられないような美しい絵画に囲まれた、抒情的で思慮深い表情をして、朝から晩まで考え続けるロマンティスト、私の思い描く「文科の薫り高き」学生さんたちの園でした。
本当の文学部はどんな世界なのでしょう。一年生の時に、福岡のある大学のオープンキャンパスに行きました。もちろん文学部を見学しました。そこで私は倫理と、日本の古典の模擬授業をされているのを聴いて、「なんと素晴らしい世界だろう」と感激し、私の思い描いていた「文科の薫り高き学生像」をいっそう強めました。しかし同時に、文学部の世界とは、一つのイメージだけで描けない世界だったのだと気がつきました。なにしろ、文学部には文学、歴史、地理、芸術、言語、と幅広くの分野がありました。そのことに何より驚きました。「文科の薫り高き学生像」は一つではありませんでした。

さて、私の入学した同志社大学の文学部ではどうでしょう。同じように、ここの文学部の学生像も一つでありません。さらに、ここでは、「無数の薫り高き文学部生像」が形作れる、ということに気がつきました。それも、一人の学生がそれぞれ多くの文学部生像を持てるということです。一見ここでは、一回生の頃から学生たちは5つの学科に分かれていますから、むしろ限られた学生像、限られたアイデンティティーしか持てないものと思っていたのですが、そうではないことを知りました。それは、授業の履修の仕方の自由さが生み出すようです。「科目の選択肢の多さ」、「全学共通設置科目がすべての学年で受講できること」、「副専攻制度が利用できること」はすごいものだと思います。その結果私は…二つ目のアイデンティティーを得たいと思いました。高校生の頃にライバル視をしていた、「理系」の文学部生も目指してみようと思うに至りました。(もっとも、そもそもどの分野も、完全に文系、理系に分けられないことも知りましたが……。)このことについては今後詳しく説明します。

これから、私も学生記者の一人として、文学部の模範たる薫り高き学生の方々、敬愛すべき素晴らしい文学部の先生方、文学部の秘話について書けることに今から浮き浮きとしています。みなさんよろしくお願いいたします。

(英文学科:丸山 倫幸)

文学部生の文化的日常

はじめまして。文化史学科・西洋史専攻4年次生の安藤明子と申します。所属は「ルネサンス」のゼミで、多様な時代、文化、人が混ざり合う世界の様子に興味を持っています。芸術や本も大好きで、大学では美学芸術学科の副専攻や、学芸員と司書の資格に挑戦中。二つの資格に耳慣れない方もいらっしゃるかもしれませんが、「学芸員」は博物館や美術館などで働く専門職員で、「司書」は図書館などで働く専門職員です。どちらも「文化の所産」を守り伝える大切なお仕事です。

なんだかいきなり勉強のお話ばかりしたので「毎日勉強漬け…」と思われるかもしれませんが、いえいえ。安藤はいろんな所に行ったり、いろんな方にお会いしたりするのが大好きなので、すきま時間にたくさんお出かけもしています。ということで自己紹介が長くなりましたが、今日は(少し前ですが)5月16日開催の「葵祭」を観に行った時のお話をすることにしますね(今年は雨で15日の予定が順延しました)。
葵祭り
葵祭と言えば、京都三大祭りの一つで、有名なのは平安貴族の姿をした行列です。その行列の出発点が大学の目の前にある京都御所。これは見なくては…と思いつつ、去年まで毎年授業で行けず、ようやく今年はじめて観に行けたのでした。ところが私、計画性の無さはピカイチなんですよね。8.5㎝ヒールのおろしたてのパンプスを履いて、今出川駅から目指すは下鴨神社。ようやく着いたと思ったら、すでに行列は上賀茂神社に行く準備中…。もうここまで来たら行くしかないと、延々と歩いて北大路通りまで移動。一応、橋で行列には出会えたのですが、せっかくなのできれいな写真が撮りたいと、そのまま上賀茂神社へ…。

とまあ、ここまではいいんですけど、上賀茂に着くと、すぐに授業のために大学に引き返したんですね。足が痛くて、駅を探して、ようやく駅に着くと駅名が「北大路」。あ、大学まで1駅だ、と頑張ってそのまま歩くことに。ところが……着かない(笑)。私、駅名を間違えていて、実際は2駅の距離があったんです。結局大学に到着すると、4時間半以上歩きっぱなしでした。こんな私なのですが、やはり実際に色々なものを見たり触れたりといった体験は、とっても貴重なものだと思います。行列は素敵で、川沿いの緑、晴れわたる空と木漏れ日のキラキラ、車輪の音に、昔もこんな風だったのかなあ…なんて思いを馳せました。

文学、哲学、歴史、美術など、人の様々な思想やその表象について、いろいろな角度からじっくりと探っていく文学部での学びには、多様なものを見て、受け取れる広い視野が大切だと感じます。そしてそれを育むには、勉強と体験どちらもが大きな力になるはずです。

皆さんもぜひぜひ、目いっぱい時間を使ってたくさんのものに触れ、素敵な毎日を過ごしてくださいね。「大学の4年間なんてあっという間」という言葉をよく聞きますが、とんでもないですよ。

参考までに: 京都市観光協会(外部サイト)

(文化史学科:安藤 明子)

「やりたい」「やらなきゃ」を行動に変えるための4steps

こんにちは、池畑です。講義、サークル、バイト…などなど、皆さんそれぞれに忙しい日々を過ごしていると思います。「ただでさえ時間がないのに、就活もしなきゃいけなくて大変…」「やりたいことは沢山あるけど、どうやって時間を作っていこう…」そんな悩みをお持ちの方もいらっしゃるのではないでしょうか。
僕自身、大学での授業や論文作成に加えて、外での団体活動、アルバイトをしているため、気づけばそれらの活動に追われているうちに日々が過ぎていってしまいます。優柔不断で怠け者の僕の場合、何事も期限ギリギリになってから焦って動き出すのはいつものこと。しかしそうして生活しているうちに、「本当にやらなきゃいけないコト、やりたいコトは出来ているのかな」と心配になってきました。でも怠惰な僕ですから、綿密な計画表を作ったところでその通りに動ける訳ではないんですね。
じゃあどうすればいいのか。「やるべきコト」と「やりたいコト」に楽しく取り組み続けるために、僕が実行していることを書きたいと思います。時間がない方、優柔不断な方、怠け者の方の参考になれば幸いです。

――「やりたい」「やらなきゃ」を行動に変えるための4steps――

1.全部書きだす
まずは今自分がやらなきゃいけないコトをすべて書き出します。やりたいコトについても同様に書き出します。これは出来れば時間をかけて、頭の中に詰め込んでいることをすべて書き出すつもりでやると良いです。中々思いつかない人は、ジャンルごとに分けて考えるのも良いと思います。
例えば、「大学」「就活」「サークル」「夢」「遊び」など、活動領域ごとに考えると、やるべきコト/やりたいコトが自然に思い浮かぶのではないでしょうか。より視覚的に表すという意味では、マインドマップを作ったり、絵を散りばめたりするのもとても有効だと思います。

2.細かく分ける
1.で書き出した項目の中には、ざっくりとし過ぎていて具体的に何をすればいいのか分からないものも紛れているはずです。ここで、それらをアクションベースで細分化します。
――例えば、「就活の準備」と書いていたとします。それを細分化するとしたら、

  • 就活サイトに登録する
  • 業界情報を調べる(書籍、Web)
  • 自己分析して自分の強みや適正を整理する
  • エントリーシートを書いてみる
  • 友達とESの添削をし合う
  • 友達と面接の練習をする
  • リクルートスーツ購入
  • 証明写真を取る
  • 履歴書を書く

などなど、本当にたくさんのステップがあります。

1.2.で重要なことは、自分がやらねばならないことを視覚化することです。アクションレベルでリスト化することで、行動の流れが見えてきます。行動の流れが見えれば、後は適切な時期に、それらを実行していくだけなので、安心してその時々のアクションを起こせます。またステップを踏むことで、漠然とイメージしていた「なんとなく大変そう」という思いから逃れて、シンプルに行動できる様になります。
1.2.の作業中、項目がたくさん出てきて見づらくなってきたら、活動内容に応じて適宜整理するとよいでしょう。色ペンを使って、「大学関連=赤」「就活関連=青」「プレイベート=緑」など分けるのもいいですね。

3.優先順位を決める
僕が一番重要だと強調したいステップはここです。先程まで列挙してきた内容の中には、どうしてもやらなければならないものもあれば、それほど重要度の高くないもの、8割り程度のできで良いものもあります。これらに優先順位をつけて、「これだけは絶対やる!」という選択と集中をすることが大切です。
次から次へと舞い込む課題すべてに、全力でやろうとするとどうしても無理が生じ、モチベーションの低下にもつながります。強弱をつけて、力を入れるポイントを意識的にコントロールすることで、無理なく状況に対処していけるはずです。

4.期限を決める
やるべきコト・やりたいコトの具体的なアクションが見え、それらの優先順位が決まったら、次は一つ一つに期限をつけていきます。期限をつけることは非常に重要です。これを曖昧にしていると、結局ギリギリになってから焦ってやることになり、納得のいく結果を得られなくなります。やりたいコトに対しても期限をつけてあげましょう。中には、「今すぐじゃなくてもいいや」というものもたくさんあるでしょう。そういった優先度の低いものは、「いつか」としておいても良いと思います。ただ、実際にやりたいと考えているなら、出来るだけアクションに期限をつけるべきです。

――例えば僕が、「いつかアメリカに行きたいなぁ」と思っていたとします。
たぶん、そのままにしていたら、僕はアメリカに行かないでしょう。とはいえ、大抵の場合、お金と時間は準備できるものです。問題はそれだけのモチベーションがあるかどうか。「いつか」と思っているのは、モチベーションがそれほど高くない場合です。そのままでも勿論いいのですが、せっかくなら実現させたほうが面白い。
では、モチベーションアップも含めて、アクションプランを立てるべきです。

  • アメリカ各地の国立公園の情報をWebで調べる
  • 行きたいところを3つピックアップする
  • ツアーのプランを立ててみる

こうしたプロセスを組み立てることで、「やりたいコト」に対する思いの強さも育てることが出来るのです。

なお、僕の場合は「期限」という言葉が苦手で、すごくプレッシャーを感じてしまうので、「いつやるか」というやるタイミングを早めに設定しておいて、出来るだけ期限を気にしなくて良いようにしています。怠け者が期限ばかり意識していると、結局期限ギリギリになってしまいますしね。
後は、スケジュール帳に予定を書きこんで行きます。ここで少し気をつけて欲しいことは、「きちんと息抜きの時間は確保されているか」ということです。やるべきコトでスケジュール帳をいっぱいにしてしまうと、そのうち心身が疲れきってしまって、結果的にやるべきコトが出来なくなってしまいます。要は、適度に休みましょうということですね。

以上、――「やりたい」「やらなきゃ」を行動に変えるための4steps――でした。

皆さん、いかがでしたでしょうか。散々偉そうに方法論を書き綴ってまいりましたが、僕自身、常にこれを実践できているわけではありません。ただ、「やりたいコト、やるべきコトがあるのに行動出来ていないな」とか、「課題が溜まってきてしんどいな」と感じたときに、自分の状況を整理する方法としてこのやり方を使っています。現状になんとなく焦りを感じている時は、整理することで「自分がいますべきこと」が見えてきて、安心して、そして集中してその事柄に取り組めますし、無闇に動きまわるよりも、結果が得られやすいです。拙文で恐縮ですが、この日誌の内容が、今を大切に生きるみなさまのお役に立てば光栄です。
それではみなさん、良い学生生活を。

(哲学科:池畑 索季)

文学部のPR

こんにちは。
この文章は、文学部に興味のある新受験生の人・これから文学部に入ろうという人に、文学部の良さをもっと知ってもらおう!という目的で書いてみることにしました。勉強のささやかな息抜きになればいいなと思います。

勉強って、いったい何のためにするものなんだろう。受験生の方の中にも、一度はそんな疑問を抱いた方がいらっしゃるのではないでしょうか。私自身もそのようなことを考えたことがありましたし、今も少しあります。もちろん、その答えは人それぞれ違っていていいのだと思います。「自分の就きたい職業に就くため」というのも、「行きたい大学に行くため」というのも。

私は最近、「より生きやすくするため」ではないかなと漠然と思うようになりました。十分な知識がないと、自分以外の視点でものを見ることができないし、自分の周りにあるものもよく見えません。もちろんそれでも生きていくことはできると思いますが、暗闇の中で周りに何があるのかが見えないと、不安になってしまいます。また、自分以外の視点でものを見る(見ようと努める)のも、とても大切なことだと思います。人間関係を円滑に進めていく上でもそうだと思いますが、自分を客観的に見ることができれば、気持ちに少しゆとりが生まれます。

例えば、受験生の方であれば、「時間を有効に使おう」とか、「時間を無駄にしてはいけない」などとよく言われると思いますし、自身でもそのように心がけていると思います。しかし、「使う」や「無駄にする」といった、お金に対するのと同じ表現を時間に用いるようになったのは、実は最近のことです。また、地球上の他の地域に目を向ければ、時間という概念を持たない人々や、私達とは異なる時間概念を持つ人々もいます。そんな知識が頭の隅にあれば、今の自分を縛りつけている環境や価値観を一歩引いて見ることができ、少しでも心が軽くなるんじゃないかなと思います。

全学共通教養科目の「キャリア開発の課題と方法」という授業で、政策学部の先生のお話を聞く機会がありました。労働法についてのお話だったのですが、90分間の講義の中で一番印象に残ったのは、「法を学ぶ目的とは、法を知ることで自分の立ち位置を知り、その上で良心にもとづいた行動を取れるようになることだ」というお話でした。今自分がしている学問に対して、自分なりの意味づけを行い、さらにそれを言語化して人に伝えられるようにするというのは、きっと見た目以上に難しいことなのだろうと思います。「自分は今なぜこれをしているのか」という問いに対する答えを、人に対してはっきりと述べられるようになること。これは今の私の目標の一つでもあります。

英文学の先生が、授業中にこのような趣旨のことをおっしゃっていました。「今まで優等生だった人がある時期思い切り遊んでから、もう一度真面目に勉強する道を選びなおすということがある。そんな風にして、過去の自分を外側から見つめなおした上で、『もう一度選びなおす』というプロセスが大事。」「社会学や法学や、他の学問で掬いきれなかったものを掬いなおすのが文学の仕事だ。」私はこれらの言葉がすごく心に残っているのですが、後者の意味はまだ完全には理解できていない気がします。

みなさんもぜひ文学部で、「自分なりの意味づけ」をしてみてください!

(英文学科:黒瀬 琴子)

便利!アカデミックライティング

英語というと、「聞く」「話す」「書く」「読む」とありますが、皆さんはどれが一番お好きでしょうか。私が一番好きなのは(そしてきっと一番苦手なのは)「書く」です。英作文が一番好きです。大学に入学して、本格的に英語の論文の書き方(アカデミックライティング)を習っているところなのですが、役に立って、面白いです。

こんな基本のルールがあります。はじめの段落でそのエッセイについてすべてまとめてしまいます。「イントロダクション」です。イントロダクションを読んでしまえば、エッセイの内容がすべてわかってしまうようになっているのです。イントロダクションで上げた一つ一つの項目を、詳しくするのが「ボディー」、一つのパラグラフで一つずつ、順々に説明していくのです。そして、「コンクルージョン」。結論です。イントロダクションで書いたことを、表現を変えて繰り返します。新しい意見を付け加えてはだめ。イントロダクションで言ったことを繰り返します。

このルールを使えば、頭にスッと入ってくるとてもわかりやすい英語エッセイが簡単に出来上がります。ところで、このスタイル、日本語での会話にも間違いなく役に立つのでは…と思います。私は、本当に話すのが下手なのですが…それで、私が注意を受けるのは大概「何が言いたいのかわからない」ということ。自分でも、何を言っていたのか、話をしているうちにわからなくなってしまうのです。こんな感じで…

「映画どうでした?」
「とても面白かったです…!だれだれさんが出てましたよ。だれだれさんとだれだれさんの話。そういえばこの二人、前も共演してたような。
前の時は確か…これこれこうだったけれど、でもあれはあんまり…。
それで、話はとても面白くて、昔の友人に再会する話です。その再会のシーンが良かった。あ、そうそうはじめのシーンもよかった。
そこで流れた音楽が、あ、それ、どっかで聞いた覚えが。そうそう、昨日の夜…」

あれこれ話が飛びすぎて、話にまとまりがなさ過ぎて、これでは何が言いたいのかさっぱりわかりません。

アカデミックライティングのように話したら、「頭にスッと入ってくる」わかりやすい会話ができるはず!こんな具合に……。

「映画どうでした?」
「はい。ゆっくり進むお話、主役の人の柔らかな声、そして穏やかなバックミュージックに心が温まりました。(イントロダクション)
お話はこれこれこういうゆっくりしたお話にほっとしたんです。役者さんは何々さん。鳥のさえずりのようで癒されました。そして、音楽。話にも役者にもぴったりの優しい…
音楽でした。(ボディー)
こんな感じで、話も役者も音楽にたっぷりあったかくなりました(コンクルージョン)」

「はじめに言いたいことを言ってしまう」のがいいようです。テーマを絞って、流れを作って、それに乗って話を進める。そうしたら、これから何を話すのか、どんな話が出てくるのか、相手にも自分にもはっきりわかったうえで話が進められます。それが「頭にスッと入ってくる」理由なのでしょう。
うーん、でも私の例、なんだか不自然。いけません。日々レッスンですね。

(英文学科:丸山 倫幸)

これから今出川に来る皆さん!

こんにちは。文学部文化史学科日本史専攻3回生の中村亮太です。春の足音が近付く今日この頃、3年前受験生だった自分を思い出すと、月日の流れは本当に早いものだと感じます。3年間の自分の大学生活を振り返りながら、残りの1年間悔いのないように過ごそうと思う毎日です。

さて、そうして自分を振り返る中で、今までの自分と比較して、今年から文学部に入る人や2年生から今出川キャンパスに移動してくる人たちをとても羨ましいなと思うことがあります。私は最初の2年間は、京田辺のキャンパスで過ごしましたが、発表に必要な資料が足りず、資料を今出川の図書館から取り寄せることを頻繁にやっていました。発表の内容の薄さを先生に指摘され、取り寄せるだけではダメだと思い、今出川の図書館に足繁く通って色んな資料に触れたりすることもありました。蔵書が豊富な今出川のキャンパスであれば、そういう苦労や心配をすることはありませんよね。とても良い学習環境の中に置かれているので、自分のやりたいことや調べたいことがあればどんどん図書館を活用してほしいなと思います。

また、京都市は歴史的建造物があふれているので時間や暇さえあれば、自転車でも徒歩でも出かけて歴史に触れ合ってほしいと思います。京都市に住んでいると、近すぎて逆に観光名所に行かなくなるということもあるので。やはり歴史は資料を読むより、自分の目で見て感じるのが一番ですね。

ただ、寂しく思うのは良くも悪くも京田辺の学生は活気があったなと思います。今出川に引っ越してきて、まず感じたのはキャンパスの落ち着いた雰囲気です。3・4回生の人が多いからなのか、もう授業数が少なくてそもそもキャンパスに来る人が少ないのかどうかは分かりませんが、本当に静かだなと思うことがあります。今出川のキャンパスに来て、学習環境が良くなったとしても、活気がないのでは大学生活は楽しくないですよね。ぜひこれから今出川に来る皆さんは勉強だけでなく生活も活気あるものにしてもらいたいなと思います。

長々と書きましたが、要は良い環境を活用して欲しいという思いです。京都という恵まれた環境にぜひどっぷりとつかってほしいと思います。以上、3年間を振り返ってみて、私が感じたアドバイスのようでアドバイスでない独り言でした。ぜひぜひ文学部を楽しんでもらいたいです。

(文化史学科:中村 亮太)

4年間の大学生活を振り返り

寒い日が続く京都にも、梅の花が薫り、春の足音が聞こえるようになりました。学生の皆さんは、春休みを満喫しているのではないでしょうか。かくいう私も残り少ない学生生活を満喫しているところです。
大学に入学し、卒業を間近にして思うことは、楽しい時間というのは過ぎるのが本当に早いということ、そして大学生活での多くの出会いへの感謝です。入学当時にあった一人暮らしへの不安は、新しいことを学ぶ好奇心や、サークルや友人との楽しい時間によって、あっという間にどこかへ消えてしまいました。大学では勉学だけでなく、多くの人と出会い、貴重な経験をさせていただき、学ぶことがたくさんありました。学生記者をさせていただくことも、文章を書くことが苦手だった私にとっては、大きな挑戦でした。このような機会を与えて下さった先生方、大学にはとても感謝しています。
4月から新しい環境へと移ることに、多くの人が期待と不安を抱いていると思います。特に、大学ではいろいろな場所から通う人が多く、今までの環境とは全く異なることになるでしょう。しかし、不安に思うばかりではなく、新しいことに挑戦し、また挑戦を楽しむことで、想像以上のものを得ることができるはずです。これは、私の経験から学んだことのひとつです。最後に、自己啓発書の元祖「人を動かす」の著者デール・カーネギーの言葉を、私の挨拶とさせていただきます。

Take a chance! All life is a chance. A man who goes the farthest is generally the one who is willing to do and dare.
―チャンスを生かせ。人生はチャンスが満ちあふれている。普通成功する人はチャンスを生かそうとする人だ。―
Carnegie, Dale

(英文学科:小西 麻友)

長期休暇の過ごし方

こんにちは。そしてはじめまして。文学部英文学科3回生の佐藤文咲です。ゼミでは19・20世紀イギリス文学を勉強しています。副専攻では、横断型副専攻で劇場文化論を専攻しており、映画や劇、メディアについて勉強しています。
さて、今日は長期休暇中の過ごし方について話したいと思います。大学生の休暇は長いです。夏期休暇、春期休暇も約2ケ月あります。もちろん、何をするのも自由です。サークルやアルバイトに明け暮れるもよし、旅行に行くもよし、趣味に熱中するもよし。
ガンジス川の朝日

ガンジス川の朝日

私は去年の春期休暇、インドに行ってきました。インドの旅は、人生のようでした。楽しくもあり、苦しくもあり。カレーの食べすぎとラッシーとチャイの飲み過ぎでお腹を壊し、ふらふらの状態でタージマハルを見たり。そのタージマハルでインドで若い日本人と会うのは珍しいらしく、しかもサリーも着ていたこともあって続々と人が集まってきて一種の観光スポットと化したり。インドから帰る時、ずっと案内してくれたガイドさんに「またインドに来る時は訪ねてくれ」と連絡先を渡され、涙を流しウルルン滞在記のようになったり。

中でも、一番記憶に残っているのはガンジス川の上で見た朝日です。川の上に朝日が反射して、言いようがないくらいに美しいです。ぜひ、実際に行って確かめてみてください。夜のガンジス川もこの世ではないような雰囲気が漂っていて美しいです。ガイドさんが、“ガンジス川“を“げんじつがわ”に近い発音で言っていたので、「ガンジス川は現実側でないところがあるのか?ここは現実側じゃないのか?」という勘違いをしてしまいました。しかし、夜のガンジス川はヒンドゥー教徒が集まり、建物がライトアップされ、踊り子が踊る中死体が焼かれる…とても現実離れした空間でした。
長い休暇、時間を有効活用するのは難しいかもしれません。私もついだらだらしてしまう時もあります。しかし、自分のやりたいことに関してはためらわず、面倒くさがらず積極的に挑戦していきましょう。同志社生として、長期休暇を有効活用できることを祈っています。ここまで読んで下さりありがとうございました。

(英文学科:佐藤 文咲)

4年間、文学部で学んで。

文化史学科西洋史コース4年次生の安藤です。早いもので、今年度ももう3月。やわらかな日ざしの中、梅花のほころび始める様子を見ていると、入学式を控えそわそわしていた4年前が懐かしく思い出されます。

大学入学前、小学校から不登校で外出もままならず、中学校、高校にも全く通えなかった私にとって、大学やそれぞれの学部、あるいはそこでの専門的学びといったものは、まったく基礎知識もなく、想像も及ばないものでした。そんな折、同志社大学の文学部ホームページにあった言葉や、当時読んだ本に書かれていた言葉が、私を文化史学科受験へと導いてくれました。
――人間の生きてきた全ての所産=文化であり、その歴史を読みとくのが文化史である。その文化とは高校の文化史で扱われるような特定の分野を指すものではなく、政治・経済などを含む人間の営みの全てを指す――当時、心理学のような人の内面を扱う分野にも興味を持っていましたが、それ以上に「もの」を通して人の営みを観察する文化史という学問に大きな魅力を感じたものです。

さて、あれから4年。「西洋史」コースに入り、ルネサンスのゼミに所属し、そして卒業論文では、高校世界史教科書に描かれたルネサンス像を比較分析する……その時々の縁によって繋がれてきた日々でしたが、そのうちに私が見出した文化史の最大の面白さは、物事の「当たり前」を覆してゆく体験にありました。
というのも、歴史は人々が残してきた文字や「もの」を通して、時代や地域といった枠組みを用いながら語られるものです。しかしたとえばルネサンスにしても、その時代の位置づけには諸説あり、また一般に知られるような華やかな文化に彩られただけの時代であったわけでもありません。こうしたことを見ると、本来的に世の中のものは整然と割り切れるものではない流動的なものであり、それを私たちは把握するために、ある視点によって区分しているのだということに気づかされます。
また歴史はそれ自体、過去という異文化を扱うものであり、さらに日本人の私には西洋史を学ぶことは、地域的にも異なった文化を見る作業でした。時代や地域が変われば、「常識」は「非常識」となりうる、そうした異文化体験を繰り返すことで、身の回りにある「当たり前」の感覚を何度も壊し、「異なるもの」を受け入れられる心の容量を増やしていく……このことにより、他者を理解することや、翻っては自身を省みる精神も育っていくことを感じました。

もちろん歴史を見ることの現実的な役割として、現代の様々な制度、価値観、そして問題の根源を過去に見出し、現代の諸問題への解決策を探ることもできるでしょうし、様々な史料を紐解くことで、歴史の流れに新たな事象を位置づけ、語ることもできるかもしれません。こうしたことを思うと、私が学部時代の学びに見出した価値というのは、世の中のとっても基本的な部分であり、もしかするととっても個人的な部分。けれどこの基本を自分の中に納得して収められたことによって、いま人生を、入学以前にも増してキラキラとしたものに感じられています。

多くの社会があり、そこに多くの生き方があり、考え方があること、ある一つの語りの向こう側には、より幅広い価値観や世界が広がっていること。これらへの気づきによって、規律だった社会の中に人としての幅や温かさを育んでくれる所、私にとって文学部とはそういった場所でした。

(文化史学科:安藤 明子)
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